大津地方裁判所 昭和53年(ワ)222号 判決 1981年8月31日
原告
ラテン、アメリカ貿易株式会社
右代表者
河村博
原告
日本メンテナンス株式会社
右代表者
河村博
原告
河村博
右原告ら訴訟代理人
吉原稔
外二名
被告
株式会社産業経済新聞社
右代表者
鹿内信隆
右訴訟代理人
渡辺俶治
被告
株式会社フジ新聞社
右代表者
山路昭平
右訴訟代理人
木下善樹
主文
一 被告株式会社産業経済新聞社は、
1 原告ラテン、アメリカ貿易株式会社に対し、金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和五三年一一月一八日以降、内金一〇万円に対するこの判決確定の日以降各完済までいずれも年五分の割合による金員を、
2 原告河村博に対し、金五五万円及び内金五〇万円に対する右一一月一八日以降、内金五万円に対する右確定の日以降完済までいずれも右同割合の金員を、
3 原告日本メンテナンス株式会社に対し、金二二万円及び内金二〇万円に対する右一一月一八日以降、内金二万円に対する右確定の日以降各完済までいずれも右同割合の金員を、
それぞれ支払え。
二 被告株式会社フジ新聞社は、
1 原告ラテン、アメリカ貿易株式会社に対し、金二二万円及び内金二〇万円に対する昭和五三年一一月一九日以降、内金二万円に対する右確定の日以降各完済までいずれも右同割合の金員を、
2 原告河村博に対し、金一一万円及び内金一〇万円に対する右一一月一九日以降、内金一万円に対する右確定の日以降各完済までいずれも右同割の金員を
それぞれ支払え。
三 原告らのその余の請求は、いずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを九分し、その八を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告株式会社産業経済新聞社(以下「被告産経」という)は、原告ラテン、アメリカ貿易株式会社(以下「原告ラテン、アメリカ貿易」という)に対し金七一〇万円及びこれに対する昭和五三年一一月一八日以降完済まで年五分の割合による金員を、原告日本メンテナンス株式会社(以下「原告日本メンテナンス」という)及び原告河村博(以下「原告河村」という)に対しいずれも金四一〇万円及びこれに対する右同日以降完済まで右同割合による金員を各支払え。
2 被告株式会社フジ新聞社(以下「被告フジ」という)は、原告ラテン、アメリカ貿易に対し金二一〇万円及びこれに対する右同日以降完済まで右同割合による金員を原告河村に対し金一一〇万円及びこれに対する右同日以降完済まで右同割合による金員を各支払え。
3 被告産経は、原告ら三名に対し、別紙(一)の謝罪広告を、被告フジは、原告ラテン、アメリカ貿易及び同河村に対し、別紙(二)の謝罪広告を、いずれも、朝日、毎日、読売、サンケイ各新聞の朝刊全国版及びフジ新聞全国版に縦6.5センチメーートル、横5.2センチメートルの枠組みで各一回掲載せよ。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 右1項ないし3項について仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告両名)
1 原告らの各請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告ラテン、アメリカ貿易は貿易業を営む会社、原告日本メンテナンスはビル、工場の保安管理を業とする会社、原告河村は右両会社の代表取締役である。
(二) 被告産経は「サンケイ新聞」の発行を業とする新聞社、被告フジは「夕刊フジ」の発行を業とする新聞社であり、右両社は資本系列を同一にする僚紙の関係にあり、ニュースについても相互に供給し合つている。
2(一) 被告産経は、昭和五三年一一月一八日付「サンケイ新聞」夕刊に以下の内容の記事(以下「本件サンケイ新聞記事」という)を掲載した。即ち、大見出しとして「ダイヤ輸入で数億円脱税」、小見出しとして「滋賀の貿易会社摘発(大阪国税局)」、「架空の小売店仕立て、新たな手口、免税制度を悪用」、「背後に組関係者からむ?」、「巧妙、意表つく、ブームあて込む悪質業者」の各見出しのもとに、大略「貿易会社(原告ラテン、アメリカ貿易)が架空の宝石販売店を作つて、ダイヤモンドなど宝石を中南米から新東京国際空港(成田)を通して輸入し、物品税を脱税していた疑いが強まり、大阪国税局は一八日までに、この貿易会社を物品税法違反の疑いで捜索、摘発した。脱税方法は、小売の宝石販売店が宝石を輸入した場合に受けられる免税制度を悪用したもので、まつたく新しい手口。これまでの脱税額は数億円にのぼるとみられるが、架空の販売店の設立には暴力団関係者がからんでいるという情報もあり、かつてない大がかりな脱税事件に発展しそうである。」との記事を掲載した。
(二) 被告フジは、被告産経から記事の提供を受けて、昭和五三年一一月一九日付「夕刊フジ」に、「ダイヤ輸入で脱税」、「数億円、架空の小売店作り」、「滋賀の貿易会社」の見出しで、原告日本メンテナンスに関する部分を除いて、本件サンケイ新聞記事と同内容の記事をやや縮少して掲載した(以下「本件夕刊フジ新聞記事」という)。
3(一) 本件サンケイ新聞記事は、その内容が事実無根であるにもかかわらず、「国税局の調べた結果」などと記載してあたかも正確な情報源に基づくものであるかのように記事内容を権威づけたうえ、「原告ラテン、アメリカ貿易が架空小売店の設立という悪質かつ新たな巧妙な手口で輸入ダイヤの販売について数億円という多額の脱税をし、しかも小売店設立には暴力団がからんでおり、国税関係者に大きなショックを与えるほどの一大脱税事件に発展しそうである」との印象を読者に与えるものである。この記事により原告ラテン、アメリカ貿易は悪質な暴力団的業者のらく印を押され、その名誉及び信用を著しく毀損された。また、この記事は、右会社のみならず、その代表者である原告河村が暴力団と関係のある悪党であるとの印象を読者に与え、同原告の名誉及び信用を毀損した。さらに、この記事は、原告河村の経営する原告日本メンテナンスの本社ビルの写真を掲載するとともに、記事本文中に「ラテン、アメリカ貿易の河村社長は同社と同じビルでビル管理会社を経営していた」と記載しているところ、読者が一見してそこにいうビル管理会社が原告日本メンテナンスであることを知りうることにより、原告河村が経営する原告日本メンテナンスの名誉及び信用をも毀損した。
(二) 本件夕刊フジ新聞記事も、本件サンケイ新聞記事(以下両者を含めていうときは「本件各記事」という)とほぼ同様の印象を読者に与え、右同様に原告ラテン、アメリカ貿易及び原告河村の名誉及び信用を毀損した。
4(一) 被告産経の被用者である取材記者及び編集者は、その業務の執行として本件サンケイ新聞記事を取材、編集し掲載したものであるところ、その記事内容と新聞業務に従事する者の有する常識とに照らし、本件サンケイ新聞記事が原告ら三名の名誉及び信用を毀損することについて故意若しくは過失があつた。
(二) 被告フジの被用者である編集者は、被告産経から記事の提供を受けて、その業務の執行として本件夕刊フジ新聞記事を編集、掲載したものであるところ、新聞編集者の常識に照らし、右記事が原告ラテン、アメリカ貿易及び同河村の名誉及び信用を毀損することについて、故意若しくは過失があつた。
5(一) 原告ラテン、アメリカ貿易は、本件各記事によりその名誉及び信用を毀損された結果、無形の損害を被つたところ、これを慰籍すべき金銭に見積れば、本件サンケイ新聞記事については金七〇〇万円、本件夕刊フジ新聞記事については金二〇〇万円に相当する。
(二) 右同様、原告河村が本件記事によりその名誉及び信用を毀損された結果被つた損害を金銭に見積れば、本件サンケイ新聞記事については金四〇〇万円、本件夕刊フジ新聞記事については金一〇〇万円に相当する。
(三) 原告日本メンテナンスは、昭和三九年に原告河村が個人企業として創設し同四五年に法人化した会社で、滋賀県下で最大規模の営業実績の業者であり、得意先から厚い信用を得ていたところ、本件サンケイ新聞記事の掲載によつて得意先から問合せが殺到し、官公庁等大手顧客からの契約破棄の危険が生じ、そのため同原告は右記事が事実でないことを説明するなど非常な努力を払つて契約が破棄されるのを防止しているが、このような得意先や従業員に与えた不安や動揺などを通じて同原告自体が有形無形の多大の損害を被つた。同原告の被つたこの損害を前同様金銭に見積れば、金四〇〇万円に相当する。
(四) 原告らは本訴提起につき原告代理人に対し、着手金として金三〇万円、費用として金一二万円を支払い、報酬として、判決認容額の二割以内において相当額を支払う旨約束した。右のうち、被告らの負担すべき弁護士費用は、各被告に対し原告一名につき各一〇万円が相当である。
6 以上のとおり本件各記事の掲載は、被告らの被用者である取材記者及び編集者がその事業の執行についてなした不法行為に基づくものであるから、被告らは使用者として損害を賠償する義務がある。
7 よつて、原告ラテン、アメリカ貿易は、被告産経に対し金七一〇万円、被告フジに対し金二一〇万円の各支払いを求める。原告河村は、被告産経に対し金四一〇万円、被告フジに対し金一一〇万円の各支払いを求める。原告日本メンテナンスは、被告産経に対し金四一〇万円の支払いを求める。加えて、各原告は右各被告に対し、右各金員に対する各不法行為の日である昭和五三年一一月一八日以降完済までいずれも年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払いを求める。
また、民法七二三条に基づき、前記各行為により毀損された名誉回復のため適当な処分として、右損害賠償と共に、原告らは被告らに対し、請求の趣旨3項記載のとおりの謝罪広告の掲載を求める。
二 請求原因に対する認否(被告両名)
請求原因1項及び2項の事実は全て認める。同3項(一)については、本件サンケイ新聞記事中に原告河村の経営する原告日本メンテナンスの本社ビルの写真を掲載し、記事本文中に「ラテン、アメリカ貿易の河村社長は同社と同じビルでビル管理会社を経営していた」と記載したとの点は認め、その余は否認する。同3項(二)は否認する。同4項については、被告らの被用者にその業務執行について故意若しくは過失があるとの点は否認し、その余は認める。同5項については、原告らがその主張の各損害を被つたとの点は否認し、その余は不知。同6項は争う。
三 抗弁(被告両名)
1 本件各記事は、公共の利害に関する事実で且つ真実であること
本件各記事は、原告ラテン、アメリカ貿易の脱税という反社会的行為に関するもの、即ち公共の利害に関する事実に係るものであり、被告らは専ら公益を図る目的でこれを掲載したものであつて、かつ、本件各記事の主要な部分、即ち「宝石の輸入販売業者である原告ラテン、アメリカ貿易が宝石販売に際し違法な手段を用いて物品税を免れていたことが発覚し、物品税法違反容疑により大阪国税局の捜索を受け摘発された」という部分は真実である。
2 真実であると信じたことに相当な理由のあること
仮に本件各記事中に真実ないし正確でない部分があるとしても、被告らは脱税の手口、脱税額などについて可能な限りの裏付調査をなし、慎重に検討したうえ本件各記事を真実と信じて掲載したものであり、本件各記事を真実であると信ずるにつき相当の理由があつた。即ち、被告産経は、その記者が昭和五三年一一月一四日ころ、大蔵省幹部からの聞込み取材で原告ラテン、アメリカ貿易が脱税したとの情報を得た後、記者四名で取材チームを編成し、大阪国税局、草津税務署、大阪西税務署、日本宝石学協会等で取材するとともに、原告ラテン、アメリカ貿易にも赴いて責任者に面会を求め、応対した原告ラテン、アメリカ貿易の従業員上野晏に取材した。被告らは右の取材経過により本件各記事が真実であるとの確信を得た。
3 損害の回復・消滅
被告らは本件各記事掲載後も追跡取材をなし、昭和五四年六月一八日付サンケイ新聞夕刊、同年同月一九日付夕刊フジにおいて、①暴力団とは無関係であること、②脱税の手口は簿外販売や圧縮記帳であること、③脱税対象額は約二四〇〇万円で犯則金及び物品税の合計六五〇万円の納付が通知されたことの三点を主要部分とする続報記事を掲載した。この続報記事により原告らの名誉及び信用は回復され、被つたとされる損害も治ゆされた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1項は否認する。本件各記事は全く事実無根である。
2 抗弁2項については、原告ラテン、アメリカ貿易の従業員上野に取材した点は認め、その余は否認する。本件各記事は、大蔵省高官なるもののあやふやな情報に飛びつき、特ダネ意識にかられて裏付取材を全くといつてよいほどせず、予断とでたらめな推論に基づきセンセーショナルに仕立て上げた粗雑極まりない誤報記事である。被告らが本件記事の主要部分として主張するところは、全くのこじつけであり、通常の読者の受ける印象は全く異なる。
3 抗弁3項については、被告ら主張の続報記事がその主張の日付の各新聞に掲載された点は認め、その余は否認する。この続報記事には謝罪の趣旨が全くないのみならず、かえつて原告らの損害を拡大ないし継続させたものであり、何ら原告らの名誉回復に寄与していない。
第三 証拠<省略>
理由
第一本件各記事の存在とその性質(名誉毀損性)
一請求原因1項及び2項の本件各記事の掲載内容については当事者間に争いがない。
二そこで請求原因3項(名誉毀損の程度)について検討する。
1 名誉毀損の成否は、通常人がその記事を読んでいかなる印象を受けるかを標準として判断すべきものであるところ、新聞記事の通常の読者は、記事の大きさや見出しの記載によつて強く印象づけられ、この印象に大きく影響されてその記事全体の文意を把握するのが通例であることは経験則上明らかである。そこで、本件各記事をみるに、<証拠>によつて認められる各新聞記事が本件各記事そのものである(記載内容の大略については前記のとおり当事者間に争いがない)から、その体裁をも斟酌すると、本件各記事が一般通常の読者に対し、「原告ラテン、アメリカ貿易が、昭和五三年一一月上旬に新東京国際空港を通してダイヤモンドなどの宝石を大量に輸入し、その小売販売について架空の小売店を設立するという新しい手口によつて物品税を数百万円脱税した疑いを持たれ、大阪国税局の捜索を受けたこと、同社は四年前から宝石の輸入をしており、これまでの脱税額は数億円にのぼるとみられ、一大脱税事件に発展するのではないかと考えられること、同社は暴力団と何らかの関係があるのではないかとの疑いがあること」などを強く印象づけるものであることは明白である。
なお、証人<省略>は、「同社が昭和五三年一一月上旬に宝石を輸入した」との記載は同社がそのような会社であることの説明であつて、右の際に輸入された宝石の小売販売について数百万円を脱税したとの趣旨ではない旨証言するが、独自の見解にすぎず、本件記事の記載内容やその順序からみて、通常人が本件各記事を読むにおいては、昭和五三年一一月上旬に輸入されたダイヤモンドの小売りについて数百万円の脱税があつたと理解するものと認めるのが相当である。また「脱税額」についても右証人は課税対象額を意味する旨証言するが、これは脱税された税額そのものを意味するものと解すべきことは後記第三の二2に述べるとおりである。したがつて、本件各記事が原告ラテン、アメリカ貿易の名誉を著しく毀損するものであることは明白である。
2 <証拠>によると、原告ラテン、アメリカ貿易の従業員は八名という少人数であること、同社の資本金は昭和四九年二月二一日の設立時から同五三年九月三〇日までは金一〇〇〇万円であり、右以降金二〇〇〇万円となつていること、同社の株式譲渡については取締役会の承認を要する旨定められていること、草津税務署に対する確定申告についても同社は昭和四九年二月二一日の設立当初から昭和五四年九月三〇日に至るまで一貫して法人税法上の同族会社とされていること、同社の発行済株式数のうち七〇ないし九五パーセント(時期により多少変動する)は、その代表取締役たる原告河村と、同原告が代表取締役である原告日本メンテナンスとで保有していること、原告河村自身も宝石の輸入、卸販売業務に従事していることなどの事実が認められ、この認定に反する証拠はない。右事情に照らすと、原告ラテン、アメリカ貿易は、その代表取締役たる原告河村個人の事業経営能力や事業活動にその多くを依存する小規模な会社であると認められるので、本件各記事において、原告ラテン、アメリカ貿易が架空小売店を設立するについて暴力団が関係しているとの情報もあると報道したことにより、取引関係者はもとより、原告河村個人を知つている人達において、原告河村個人が暴力団と何らかのつながりがあるのではないかと疑うであろうことは明らかである。また、そもそも原告ラテン、アメリカ貿易を知らない一般読者においても、宝石輸入に携わる無名の会社が大口の脱税をし、その脱税手口に暴力団が関与していると聞かされれば、その代表者、即ち、原告河村が暴力団と関係する悪党ではないかと考えるのが自然である。本件各記事の体裁・内容は、このような疑いや推測を助長させるのみであつて、その記事がもつぱら法人たる会社についてのみ報道していることを示すべき制限的記載は全く見出せない。本件各記事が原告河村の名誉を毀損するものであることも明白である。
3 本件サンケイ新聞記事中には、原告河村の経営する原告日本メンテナンスの本社ビルの写真が掲載され、記事本文中に「ラテン、アメリカ貿易の河村社長は同社と同じビルでビル管理会社を経営していた」と記載されていることは前記のとおり当事者間に争いがないところ、経験則上、原告日本メンテナンスの取引関係者は勿論、同原告を知る地元の者が右記事を通読するにおいては、そこにいうビル管理会社が原告日本メンテナンスであることを容易に知るであろうと推認される。
ところで、<証拠>によれば、原告河村は昭和三九年から個人ビル管理の仕事を始め、順次仕事上での信用を高め、昭和四五年には法人化して原告日本メンテナンスを設立したこと、その後その営業は順調に推移し、現在同社の従業員は約三五〇名であり、ビルの警備、清掃及び補修などの業務を行つていること、原告河村は滋賀県でビルメン(ビルの管理、清掃及び補修など)を独自の事業として行つた草分け的在存であつて、滋賀県ビルメン協会の初代会長を三年間勤めたことなどの事情が認められ、右によれば、原告日本メンテナンスは、原告河村が個人で始めたビル管理業が順調に発展し、取引先の信用も得て企業化したものであり、その信用は代表取締役社長である原告河村の個人的信用に負うところが極めて大きいものと推認され、従つて、原告日本メンテナンスの取引関係者が本件サンケイ新聞記事を読むにおいては、原告河村が暴力団と関係があるのではないかと疑い、あるいは脱税事件で刑事罰を受けることになつた場合にはビル警備業者の資格を失うに至るのではないかとの危惧を抱くであろうし、(因みに警備業法三条は、「1禁錮以上の刑に処せられ、又はこの法律の規定に違反して罰金の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつた日から起算して三年を経過しない者 2法人でその役員のうちに前号に該当する者があるもの」を警備業者の欠格事由としている)、原告日本メンテナンスと直接関係を有しない者との間においてもその社会的評価の低下を免れないものと認められる。現に、<証拠>によれば、右記事掲載後原告日本メンテナンスに各方面から問合せが殺到し、主要な取引先が明確な釈明を求めるなど、解約の危険も含めて相当の苦境に陥つたことが認められ、これに反する証拠はない。たしかに、右記事中には原告日本メンテナンスの名誉や信用を直接毀損するようなことは記載されていないけれども、それは物品税の脱税と同原告の営業とが直接関連しないからであつて、当然であるところ、それにもかかわらず、右にみたとおり、敢えて同原告の写真をかなり大きく掲げ、脱税会社の社長である原告河村が原告日本メンテナンスを経営していることをことさら記載して同原告に言及しているのであるから、当該記事自体として直接同原告の社会的評価を低下させているものというべきである。
第二使用者責任について
1 被告らの被用者である取材記者及び編集者が、その業務の執行として本件各記事を取材、編集及び掲載したものであることについては当事者間に争いがない。そして、本件各記事が前叙のとおり原告らの社会的評価・信用を低下させるものであることを被告らの右被用者らが認識していたであろうことは、新聞記事の影響の重大性にかんがみると、経験則上明白である。したがつて、次に検討する抗弁が認められないかぎり、民法七一五条により、被告らは本件につき原告に対し損害賠償義務を免れない。
第三本件各記事の真実性及び真実と信ずることの相当性
一抗弁1項(真実性)について
1 公共の利害に関する事実を新聞に掲載発行して他人の名誉を毀損した場合において、それが専ら公益を図る目的に出で、かつその記事が真実であること、又は真実であると信ずるについて相当の理由があることの証明がなされたときは、その違法性を阻却し、不法行為の責任を負わないと解すべきところ、右真実証明は新聞報道の迅速性の要求と客観的真実の把握の困難性などから考えて、記事に掲載された事実の主要な部分において真実であることの証明をもつて足りると解するのが相当である。
2 本件各記事は、脱税という反社会的行為に関する記事であるから、事柄の性質上公共の利害にかかわるものであつて、被告らは、新聞報道の建前からかんがみて、専ら公益を図る目的のもとに本件各記事を掲載したものと一応推認される。
3 ところで、脱税事件についての新聞報道において、一般読者の主要な興味は、誰が、どういう税金について、どのような方法で、どれくらいの額を脱税したかということにあることは、経験則上明らかであり、本件各記事が読者に与える印象は前記第一の二で認定したとおりであるから、本件について真実証明の対象となされるべき主要部分は、「(1)原告ラテン、アメリカ貿易が昭和五三年一一月上旬新東京国際空港を通してダイヤモンドなどの大量の宝石を輸入し、その小売り販売について数百万円を脱税したという物品税法違反の疑いが生じ、大阪国税局が同原告を捜索、摘発したこと、(2)脱税の方法は、免税制度を悪用したもので、架空小売店の設立という新しい手口によるものであること、(3)架空小売店の設立には暴力団関係者がからんでいると疑うに足りる客観的事実の存すること、(4)これまでに脱税した額は数億円という多額にのぼるものであること」であると認められる。この点につき、被告らは、「単に原告ラテン、アメリカ貿易が宝石販売に際し違法な手段を用いて物品税を免れていたことが発覚して物品税法違反容疑により大阪国税局の捜索を受け摘発摘発された」ということに尽きると主張するが、到底採用しえない。けだし、このように抽象化され、限局された内容にとどまるのであれば、果して如何ほどのニュース価値があるのか極めて疑問であり、右主張は一般読者に与える印象を度外視した甚だ無責任な論法という他ない。
4 <証拠>によれば、原告ラテン、アメリカ貿易は昭和五三年一一月一一日に物品税法違反容疑で大阪国税局の捜索を受けたこと、その結果、昭和五四年五月二九日に原告ラテン、アメリカ貿易及び原告河村は大阪国税局長から通告処分を受けたこと、右容疑事実は簿外販売や圧縮記帳によつて昭和五一年一〇月から同五三年一一月までの間に計六件の脱税があり、その課税標準額が二四四一万八〇〇〇円、脱税した税金総額が三六六万二七〇〇円であつたこと、原告ラテン、アメリカ貿易が新東京国際空港を通してエメラルド一〇二個、54.42カラットを輸入したこと、右事実は大阪国税局が摘発した容疑事実とは無関係であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
5 右によれば、前記主要部分中(1)の一部である「大阪国税局が原告ラテン、アメリカ貿易を物品税法違反容疑で捜索、摘発した」という事実については真実であると認められる。しかし、その余の前記主要部分については、これを真実と認めるべき証拠が全くない。
6 よつて抗弁1項は理由がない。
二抗弁2項(真実と信ずることの相当性)について
1 <証拠>によると以下の事実が認められ<る。>
(一) 昭和五三年一一月上旬に、被告産経の大阪府警察本部詰めの高尾良久記者が大蔵省の幹部職員宅を訪問面談した席上で、大阪国税局が宝石輸入に関連して滋賀県草津市にある業者を脱税容疑で捜査しており、脱税額は数億円にのぼるとの情報を得たこと、
(二) 警察での取材部門の責任者であつた森本穣記者は、右高尾記者から同月一四日ないし一六日ころに右情報を得たことの報告を受け、同時に右脱税は架空小売店設立という手口でそれには組関係者がからんでいるとの情報も得ていたこと、
(三) 右森本記者は右高尾記者を含む四名の記者チームを編成し、直ちに裏付取材を指示したこと、
(四) 右裏付取材は、(1)業者名の特定、(2)容疑事実の把握、(3)脱税の手口の解明、(4)脱税額、(5)大阪国税局の捜査状況と今後の見透し、の五点を主要点としたこと、
(五) 新東京国際空港の税関当局に対する電話による取材によつて原告ラテン、アメリカ貿易は昭和五三年一一月一七日に滋賀県草津税務署に物品税第一種物品税免税引取業者証明の申請を行い、同月一二日に右空港から宝石一〇二個、52.42カラットを輸入している旨の回答を得たこと、
(六) 原告ラテン、アメリカ貿易に対する取材においては従業員の上野から事情を聞き、同社に対し大阪国税局の捜査が昭和五三年一一月上旬になされ書類、帳簿が押収された事実が判明したこと、
(七) 大阪国税局に対する取材においては、原告ラテン、アメリカ貿易に対し強制捜査を行つた事実は判明したが、脱税額及び脱税の手口などについては、現在捜査中であるから明らかにできないと告げられ、結局大阪国税局からは右の点については何らの情報も得られなかつたこと、
(八) 全国宝石業協会あるいは大阪西税務署に対する取材においては、宝石の輸入、販売の実情や脱税の手口、宝石の価格などについて一般的な知識を得たこと、
(九) 脱税額については取材が困難であつたため、原告ラテン、アメリカ貿易の設立時期、過去の売上額などから推測して記事掲載時までの総売上げを約一〇億円とみて物品税の税率一五パーセントを乗じて一億五〇〇〇万円という数字を得たため、森本記者は大蔵省幹部からの情報である数億円という脱税も不可能ではないと判断したこと、
(一〇) 右の裏付取材によつても大阪国税局が捜査中であるという容疑事実については結局把握できなかつたこと、
(一一) 森本記者及び出稿部門の責任者である村田博社会部次長(いわゆる社会部デスク)は、原告ラテン、アメリカ貿易が昭和五三年一一月上旬に輸入した宝石は大阪国税局が捜査中である容疑事実とは無関係であると認識していたので、本件各記事中にも容疑事実として記載したものではないと考えていること、
(一二) 大蔵省幹部の情報によつても架空小売店の名称や数も不明であり、またいかなる暴力団がどういう形で関与しているかという具体的な情報は全く得ていないこと、
判旨2 以上認定の諸事実によると、大蔵省幹部から得た情報のうちで裏付けがなされた点は、結局のところ、「大阪国税局が物品税法違反の何らかの脱税容疑で昭和五三年一一月上旬に原告ラテン、アメリカ貿易に対し、強制捜査を行い書類、帳簿などを押収した」ということに尽きる。
前記真実証明の対象たるべき主要部分の(2)脱税方法については、架空小売店設立により物品税の脱税は可能であるという一般的抽象的な説明を大阪西税務署や全国宝石業協会から受けただけであつて、問題となつている原告ラテン、アメリカ貿易が架空小売店を設立していたとの裏付は全くなされていない。
また主要部分の(3)暴力団云々についても、原告ラテン、アメリカ貿易や原告河村が暴力団と何らかの関係があるとの裏付も全くなされていないといつてよい。たしかに本件各記事には、「背後に組関係者からむ?」とその見出しには疑問符を付し、また記事本文中には「架空小売店の設立に暴力団関係者がかなんでいるとの情報もある」としてこの点について断定はさけているけれども、暴力団が関係していると疑うべき客観的事実の存在については、本件各記事掲載の契機となつた大蔵省幹部の情報以外には何らの情報も得ていなかつたに帰するので、右の点については真実と信ずべき相当の理由があったとは到底いえない。
次に脱税額の点については、ここにいう「脱税額」とは脱税対象額の意味であると被告らは主張し、これに沿う証人<省略>の証言がある。しかし、同証人の証言中には前記1(九)の如き証言もあり、右によれば脱税した税額が数億円となることも不可能ではないとの趣旨であることが明らかであつて、その証言内容によつても、言葉の常識的な意味に照らしても、脱税対象額の意味で「脱税額」との記載をなしたという同証人の証言は到底措信できない。また、<証拠>によれば、被告らにおいても脱税した税額と脱税の対象額とは明確に区別して記載していること、<証拠>によつても、その記事本文を通読すれば、見出しにおいて「○○○円脱税」と記載していても、一見してその金額が課税対象額であることが読者に明らかとなる記載をしていること、<証拠>によれば、本件各記事に関し「……このときの脱税額は数百万円である。(原告ラテン、アメリカ貿易は)四年前から宝石の輸入をしており、これまでの脱税額は数億円にのぼる……」旨の記載をしていることが各々認められる。右によれば、本件各記事にいう「脱税額」は課税対象額を意味するのではなく、脱税した税額自体を意味するものとして記載したものであり、少なくとも読者がその意味で受け取ることは明らかである。そして、「脱税額」の点について真実証明の対象たるべき事実は、これまでに脱税した税額が数億円にのぼるものである、というものであるところ、前記1(九)の如き証人<省略>の証言によれば、数億円という額の算出は過去の総売上げを推測し、これに物品税の税率一五パーセントを乗じて得たというもので、過去の総売上げ額について正確な数字を把握していたわけでもなく、憶測の域を出ず、他にこの点についての裏付けは何らなされていなかつたことが認められ、この程度の資料で右の如き推計をし、これを新聞報道することはもとより許されず、これを真実であると信じていたものとしても、そう信ずることにつき相当の理由があつたものとは到底認められない。
3 従つて、結局のところ本件各記事は、大蔵省幹部から得た情報の一部である「原告ラテン、アメリカ貿易が昭和五三年一一月上旬に新東京国際空港を通して輸入した宝石が約一〇〇個、五〇カラットである」という点が事実とほぼ符合していたことからその情報全体が真実であると軽信し、犯罪事実自体についての個々具体的な事実関係の裏付取材が不充分のまま記載したものという他ない。
以上、本件各記事の主要部分について真実と信ずるについて相当の理由があつたものとは到底いえず、抗弁2項も理由がない。
第四損害の回復ないし消滅の有無について
抗弁3項については、被告ら主張の続報記事がその主張の日付の各新聞に掲載されたことは当事者間に争いがないところ、右続報記事自体によれば、この記事は暴力団と関係のないことは明らかにしたものの、他には新たに明確になつた前記物品税についての脱税とこれに対する摘発課税を報道したにとどまるものであつて、前叙の如く不正確且つ誤解を招き易い本件各記事によつて原告らが受けた損害を全面的に回復消滅させるに足りるものであるとは到底認められない。したがつて、抗弁3項も採用できない。もつとも右は暴力団と無関係であることを報じたかぎりにおいて、賠償額の算定等において斟酌しうるにとどまる。
第五各原告の慰藉料の算定及び謝罪広告の採否
1 <証拠>によれば、原告ラテン、アメリカ貿易の商圏は関西、四国、九州及び東京地方が主であるところ、本件各記事掲載後は関西地域での営業が芳しくなくなつたこと、宝石を取扱う業界内でも本件各記事が話題となつていたこと、原告河村については暴力団と関係するかの如く報道されて精神的打撃を受けたこと、原告日本メンテナンスについては得意先から問合せが殺到し、契約を解除されかねない状況に立ち至つたこと、その他既に理由第一の二で認定した諸事情が認められ、右認定に反する証拠はない。
2 以上までに検討認定した全ての事情、就中、本件各記事、特に本件サンケイ新聞記事は前記のとおりその主要部分について殆んど何らの裏付資料のないまま憶測を重ねて構成されたもので、その記事の大きさ、見出し、写真を含めての全体的構成により、抽象的には真実である原告ラテン、アメリカ貿易が単に物品税法違反で国税局に摘発されたというにとどまらず、暴力団がらみで数年に亘り如何にも悪質巧妙な手口で巨額の脱税をしていたかのように、一般読者をして強く印象づけるものであること、逆にいえば、被告フジに関しては被告サンケイの記事掲載につづくものでさほど迫力のない記事であり、掲載に至つた経緯に鑑みてもその過失もさほど大きくないこと、本件各記事によつて原告らの受けた損害ないし苦痛は前叙の如きものであるところ、原告らが受けた有形無形の財産的損失は元来極めて立証困難であること、したがつてその社会的評価、信用を低下されたこと自体に還元して適宜の無形の損害ないし慰藉料を算定すべきであることを考慮し、加えてほぼ公知の事実といえる被告両会社、サンケイ新聞、夕刊フジの社会的信用性、一般的全国紙としての発行ないし販売部数(これらの点について弁論には明確には顕われておらず、全国ないし関西地方における具体的発行部数などは当裁判所にも明確でないけれども、サンケイ新聞が読売、朝日、毎日という三大新聞に次いで大きな発行部数を有する一般的全国紙であること、夕刊フジがその独特のスタイルにより駅店頭その他で広く小売りされ多くの者に愛読されていることは公知の事実と考える。)に鑑みれば、その社会的影響力は強力であり、おそらく原告を知らない一般読者にとつてはあるいは看過し、あるいは直ちに忘れ去るであろう記事としても、原告らを知る読者については原告らについて強い悪印象を抱かせるものであること、さらに加えて後述のとおり本件においてはいわゆる謝罪広告までは認めないとする結果、結局、無形の損害ないし慰藉料の支給のみをもつて本件を解決することになると、以上を斟酌して各原告の受けた前記各損害額を算定すると、被告産経は原告ラテン、アメリカ貿易に対し金一〇〇万円、原告河村に対し金五〇万円、同日本メンテナンスに対し金二〇万円、被告フジは原告ラテン、アメリカ貿易に対し金二〇万円、原告河村に対し金一〇万円をもつてするのが相当と認められる。
3 弁護士費用については、各原告の各被告に対して認容した損害額の各一割相当額をもつて本件各不法行為と相当因果関係に立つ損害であると認める。
4 原告はさらに謝罪広告の掲載をも求めるところ、抗弁3項記載の続報記事によつて一応暴力団と無関係であることが報じられていること、前記のとおりの損害賠償を認めたこと、原告両社の前叙の規模や本件各記事から既に相当の年月を経ていることなどを考慮すれば、原告らの社会的評価の低下は既に相当回復されているものと推認されるので、現段階でなお原告ら主張の謝罪広告が必要であるとは認められない。
第六結論
よつて、原告らの各請求のうち、原告ラテン、アメリカ貿易が被告産経に対し金一一〇万円を、被告フジに対し二二万円を、原告河村が被告産経に対し金五五万円を、被告フジに対し金一一万円を、原告日本メンテナンスが被告産経に対し金二二万円を求め、右各金員中前記弁護士費用を除いた分に対する各不法行為の日(被告産経については昭和五三年一一月一八日、被告フジについては同月一九日)以降各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、且つ右弁護士費用についてはこの判決確定の日からの右同様の遅延損害金の支払いを求める限度において正当であるから、これを認容し、原告らのその余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言はこれを付するのは相当でないものと認めてその申立を却下して主文のとおり判決する。
(小北陽三 伊藤剛 佐哲生)
別紙(一)、(二)<省略>